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2009-03

同窓会。

  • 2009-03-30 (月)

先週、約18年ぶりに、高校の時の陸上部の同窓会があり、僕も参加してきました。ぐうたらな僕は、高校3年のシーズンには出ておらず、最後には幽霊部員化しており、今更だけど、みんなには申し訳ないことしたなあという気持ちがあって、そのことが、長く、僕の胸の中に、ポッカリと大きな穴を開けていました。それから18年が経って、この胸の中の穴を埋めたくて、僕にしてみれば、高校の最後のシーズンを終えて、みんなでその打ち上げをやるような気持ちで、参加することにしました。これでようやく、胸の中の穴を埋めることができたように思います。

みんなが、このブログを読むかどうかはわかりませんが、おもいっきり私的な目的で、大切な仲間達に言葉を贈りたいと思います。普段のブログでは決して「俺」とは言わない僕ですが、仲間への言葉ということで「俺」と書かせていただきます。(敬称は略。順も不同です。)

マコ。みんなのリーダーでキャプテン。今回の同窓会、声をかけてくれてありがとう。昔からマコはみんなの中心にいて、カリスマって言葉は、マコのような人のことを言うんだと思う。いつも笑顔のマコ。下ネタばっかりのマコだけど、ここまでの人生では本当にいろいろとあっただろう。それでも、誰も、マコの悩んでいる姿を見たことがないんじゃないかなあ。「悩みなんて普通にあるさ。俺だっていっぱいある。人間なんだから当たり前。でもさ、それをみんなに見せてどうするの?みんなでいる時に、仕事のことなんてどうでもいい。そもそもあの頃は高校生なんだから仕事なんてしてないんだし。みんなでいる時は、あの頃のままでいいんだ。みんなでくだらなく笑って、それぞれが、それぞれなりに、心に何かを持って帰ればいいんだよ。」そんな言葉が聞こえてきそうだ。いちいちかっこいい。マコに出会えたことは、俺の人生において、本当に大きい。

店を提供してくれた、平石。ありがとう。昔からとにかくさわやかで、いつも笑顔の平石。でも実は、血のみじむような思いで生きてきたことを今回初めて知った。笑顔の裏で、いっぱい泣いてきたことも、初めて知った。それでも、終始笑顔でいてくれた。平石、お互いに、上を見るのはやめて、前を見よう。上ばかり見ていると、結局同じ場所のまま。上を見るってことは、どこか「ない物ねだり」な感じがして、前を見るってことのほうが、自分に与えられたもので、自分のできる範囲で、自分のできる規模で、それでも、1歩1歩、ゆっくりでもいいから、確実に、進んでいける気がするんだ。自分ひとりで背負うのと、自分ひとりで囲い込むのとは違う。背負った荷物なら、時には誰かに持ってもらえばいい。囲いこまれたら、それすら出来ない。受け取ること、受け入れることを恐れないで、半人前で生きていこう。それでいいんだよ。それがいい。君の苦しみを、君の人生を、半分背負える日を望んでいる人だっているんだよ。さわやかな笑顔は素敵だけど、泣いたりできる人の前では、がんばらなくてもいいんだからね。近いうちにまた会おうね。うわさのうるさい奴らと。

のぶおとのぶお夫人。まさか2人が結婚しているとは夢にも思わなかった。でも、2人のやり取りを見ていて、すぐに納得した。いい夫婦だと思う。のぶおの優しさ、面倒見の良さ、人なつっこさ。それをしっかり支える奥さん。もうすぐ生まれてくる、2番目の命も、いい親を選んだ。お目が高い。この2人の子供に生まれる君は、必ず幸せになれるよ。そして、君が生まれてきてくれることで、この2人もまた、もっと幸せになる。のぶおの本名は、やっぱりまた忘れてしまったけど、のぶおが居てくれて良かったと思える場面がいくつもあるよ。みんなもきっと、そう思ってる。奥さんを大事にね。そして、のぶお夫人。のぶおをよろしく。こんなにいい奴もそうそういない。子供のお目が高いのは、きっと君譲りだね。ずいぶんと遅くなってしまったけれど、本当におめでとう。お幸せに。

クリちゃん。今回、会ってすぐにわからなかったのは、実はクリちゃん。すっかり大人の女性になったね。もしくは、新婚の幸せ感がにじみ出ていて、まぶしかったから、よくわからなかったのかもしれない。そういえば、今度は大仲と幹事だよね?その時は連絡してね。結婚おめでとう。

くま。美人なのに「遅い!」って平気でつっこめる君のキャラには、多くの人が癒されてきたはずだ。くまと話しているとものすごく落ち着く。心がすう~って、平べったくなっていくのがわかるんだ。で、あったかくなる。好きだな~、くまのキャラ。ずっとそのままでいて欲しい。早口なくまなんて見たくない。くまとやり取りしてるときのマコは、すごく楽しそう。小学校からの抜群の空気感か。また会って、また話そう。その時もまた、「遅い!」って思わせてね。約束です。

石ちゃん。予想通りに、あいかわらずの美人。当時もとにかくかわいかったけど、今は本当に綺麗。でも、実はかなりのギャンブラーらしいこと、今回初めて知りました。高校のときの出来事を、今でも覚えてくれていてありがとう。俺も一度だって忘れたことはないよ。あの時、走って逃げた友人達とも、今でもあの時の話をよくします。みんなもよく覚えてる。今回、本当はもっといろんな話をしたかったけど、照れてしまって話せなかった。きっと何度会っても、それは変わらないだろうけど、またいつか、会えることを楽しみにしています。

古田ちゃん。陸上部男子の中の人気ナンバーワンだった古田ちゃん。今でもやっぱりかわいくて、何よりも、やわらかくてあったかい雰囲気が当時のままだったからすごく嬉しかった。今回、あんまり話せなったけど、今度東京へ来た時は、ゆっくりと話をしようね。そういえば、君と修学旅行かなにかで一緒に撮った写真があって、俺がひどい顔をしてるやつ。今度見せるね。

隅。君が心身ともに病を抱えていることを初めて知りました。元気そうだし、幸い命には別状はないようだから安心したけど。隅、どんなに無様でもいいし、勝った負けたや、損や得とか、そんなものはどうでもいいから、とにかく生きていろ。俺達は、誰一人、欠けちゃいけなんだから。とにかく生きて、生きまくれ。生きていてくれ。約束だぞ。

ジャン。ジャンにそんな才能があったとは驚きだ。おでん、おいしかったよ。やさしい笑顔もそのまんま。仕事は大変だって言ってたけど、マイペースでいけるとこまでいこうよ。きっとお客さんも、ジャンの笑顔に会いたくて店に行くんだな。たとえ、コンビニのおでんでも。(嘘)また絶対行くからね。

山田くん。同年代の男子の中で、唯一「山田くん」って、くんを付けて呼んでしまう人。いい人を絵に描いたようなハニカム笑顔。好きだなあ。3年のときは一緒のクラスだったから、今度はクラス会でも会えるね。11月、東京で会える日を心から楽しみにしています。

大西ちゃん。君のことは、なぜかフルネームで呼んでしまうけど、ここはブログだからフルネームは止めとくね。あの頃と変わってなくて安心したよ。いろいろ、貴重な情報源の持ち主だし。高校の入学式での出来事、俺にとっては嬉しい発見。そういう情報ならいくらでも大歓迎です。

大仲。本当は笑っていられないくらい、辛いことだったんだろう。それは誰もがわかってる。とにかくね、みんな、大仲のことが大好きなんだよ。本当はみんな、心配してる。でも、信じてもいる。大仲なら、きっと心から笑って過ごせる日が来るってね。心から笑わせてくれる人にもきっとまためぐり合うだろうってね。辛いことがあって、傷ついて、そうして人は優しさを知る。かつて俺が、心から大切だった人を傷つけて、そして失って、心も体も壊れてしまったとき、その底から救ってくれた言葉がある。それを今度は、君に贈る。
「やさしさは、傷口からしみてくる。」
いっぱい傷ついた君だからこそ、人の痛みも弱さもわかる。そんな大仲が、俺も大好きだ。

平川。同じ東京に居て、一度も会ったことなかったね。きっと平川はいい上司なんだろうな。部下はみんな、そう思ってるはずだ。今度はぜひ、東京で飯でも食おう。俺の知らない世界のこと、いろいろと教えてね。その時はまた、元カノのネタを言ってしまうかも知れないけど、予めご了承を。

荒木ちゃん。俺は確か、仲間内では「アラちゃん」って呼んでいた気がする。だからこれからも「アラちゃん」と呼ぶね。改めてアラちゃん。まさかカナダにいて、同じウェブの仕事をしているとは驚きでした。海外と日本では、業界の状況もずいぶん違うんだろうけど、楽しみながら仕事をしてる様子は、こっちも励まされたようで嬉しかったよ。また会おうね。またメールとかも下さい。

向井ちゃん。変わってなくて嬉しかったなあ。今回はあんまり話せなかったけど、どんな18年だったのか、いろいろと聞きたかった。今度はぜひ聞かせてね。そのおっとりした雰囲気で、こもりうたのひょうに~、ひはへてね~・・・zzz。

あゆみ。マネージャーに自ら立候補したという知られざるエピソードを教えてくれてありがとう。でも何故?謎はつきません。あゆみのことは貴からもよく聞いてたけど、実際に会うのは卒業以来か?これからも、あゆみらしく、人生を思いっきり楽しんでね。

りか。唯一、陸上部ではない君に、陸上部が実はこんな感じだっていうことがバレてしまったようでちょっと恥ずかしいけど、基本的にはマコとのぶおがあんなことばっかり言ってるだけだからね。でもね、本当にいい奴ばっかりだろ?こんな仲間がいて、うらやましいなあって君が思ってくれたのなら本当にうれしい。自慢する男は嫌われるけど、それでもこの仲間だけは、俺の自慢。写真もメールもありがとうね。また連絡ください。

貴。とにかく縁が深い貴。いろいろあったなあ、お互いに。18年なんてあっという間ってくらいにいろいろあった。貴がどれだけ苦労して、傷ついて、泣いて、どうやって今の、あの笑顔を掴み取ったのか、俺は誰よりも知ってる。強い女だけど弱い人。寂しがりやのくせに孤独との付き合い方も心得てる。いろいろあって、肝がすわっただけって君は言うかも知れないけれど、いろいろあって、君が愛を知ったからだと思うんだ。生と死を毎日体感する仕事を通して、傷ついたり傷つけたり、支えたり支えられたり、どんなに人に裏切られても、どこまでも人を信じたいと願う、そんな君の中は、本当に愛でいっぱいになってる。永遠の友、貴。男とか女とかを飛び越えて「ダチ」って思える唯一の人。同じ東京にいるんだから、もっと会おうぜ。心から愛してるぞ!これからもっともっと、幸せなことが待ってるぞ!お前が辛いって感じたとき、きっとその時俺の手は、お前に向けて伸びてるからな。

いけっち先生。短い時間しか会えなかったけど、久しぶりに会えてうれしかったです。当時、先生の車の中で、家まで送ってもらいながら、俺はずっと泣いてて、あの時にした約束は、結局果たせなかったけれど、あの時に、うんうんって優しく聞いてくれたことは、俺の一生の思い出です。きっと今でも、多くの生徒に愛されているんでしょう。同じ目線で、同じ感覚で、会えば手を振って、共に笑顔になれる先生。貴ともども、いっぱいご迷惑をお掛けしました。でもね、楽しかったあ。先生は大変だったけど、ね。感謝の言葉しかありません。本当に、本当にありがとうございました。いつまでも元気でいてね。

全ての君へ。18年ぶりなのに、会ったとたんにあの頃に戻れてしまう。これって本当は、すごいことだと思うんだ。みんながみんな、それぞれの18年があって、笑って泣いて、傷ついて、壊れそうなときもあったかも知れない。でも、こうやって、また会えたんだ。明日が来るってことは、本当はとてつもない奇跡で、ましてまた、こうして会えるなんて、それはもう、やっぱり感謝なんだ。みんなが居てくれたこと、みんなに出会えたこと。全部に、ほんと、感謝なんだよ。俺も俺なりに、東京で、もがいて、這いつくばって、時には泣いて、時には悔しくて、何度も心が折れそうになった。でもまた、みんなに会えた。だからそんなもん、全部飛んじゃいます。楽しい時間をありがとう。みんなの幸せを、いっぱいいっぱい祈ってるから。また会える日を、絶対信じてるから。

大切な、最高な、全ての君へ。君の行く空が、どうか決して、曇らぬように。遠くから、心から。

ありがとう。また会おうね。

KISS

  • 2009-03-17 (火)

ガンダム、立つ。

  • 2009-03-13 (金)

今年の夏、東京はお台場に、実物大のガンダムがお目見え。近くに住んでいて、昔ハマったガンダムが、実物大で立つのなら、見ないわけにはいきません。(ガンダム30周年記念プロジェクト

松坂屋

  • 2009-03-05 (木)

みなさんご存知の「松坂屋」。名古屋地方を中心に発展した名門企業であり、地元市民の高齢層では「伊藤様」と呼ぶ人もいるらしい。んん?伊藤様?と不思議に思われる方もいることだろう。僕もそのひとりでした。それが先日、その伊藤様のご子孫の方とお会いし、お話を聞いて、その意味をはじめて知りました。

ウィキペディアの記事を参考にまとめてみると、まず、1611年(江戸時代前期)に清洲越しにより移転してきた元織田家家臣(小姓)の伊藤蘭丸祐道が名古屋本町で「いとう呉服店」という呉服小間物商を始めます。そして、1768年4月5日(5月20日)、江戸(東京)上野の呉服店「松坂屋」を買収し江戸へ進出しますが、既に江戸市中に松坂屋の名前が知れ渡っていたため、「いとう屋」ではなく、屋号はそのまま「松坂屋」を使用しました。そう、これが現在の「松坂屋」の誕生であります。

そして、その「松坂屋」という屋号。僕の出身地である三重県松阪市と関係があるのですか?とよく聞かれましたが、無知な僕は、「坂」の字が違うから関係ないと思うのですが、と答えておりました。が、それは間違いでした。上野の呉服店「松坂屋」は、松阪商人の太田利兵衛が開業したお店で、当時は松阪もめんも主力商品として販売されていたとのこと。確かに、その頃の松阪市の「阪」は「坂」でした。三越はご存知のとおり、越後屋を営んでいた、同じく松阪商人の三井高利が創業者で、越後屋でも同じく、松阪もめんが主力商品として販売されていました。とすると、三越も松坂屋も、松阪市と松阪もめんに深い関わりがあることになります。なのに、現在、東京で松阪もめんを主力商品として販売しているお店が、うちの「丸川商店」だけだなんて、結構さみしいものがありますね・・・。今度、三越と松坂屋に営業かけてみようかな。

信長時代から続く長い歴史を持った老舗の松坂屋ですが、その昔、宗家「伊藤家」が、「番頭鈴木派」に経営権を取られてしまったように、今もまた、大丸に実質の経営権を取られてしまいました。「時代」といえばそうなのですが、その一言で片付けるには、あまりにもさみしい気もします。商売とはまさに、百年かけて積み上げたものでも、消えるときには一瞬、ということなのでしょうか。

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